2001/05/21
悪夢のような現実
▼数字で見るアメリカのエイズ
南アフリカ共和国では2010年までにナチスのホロコーストで命を落とした人の数、約400〜600万人がエイズによって死亡すると推定されている。平均寿命は今の60歳から40歳にまで下がり、労働人口の23%を失うとされている。人材資源を失い、経済は更に悪化し、社会の不安から暴動が起きるとさえ言われている。
最近、エイズはアフリカ全土、そしてアジアでも急激な広がりを見せている。しかし、圧倒的にその被害はアフリカ・サハラ砂漠以南の地域に集中している。この地域のHIV感染者は現在2340万人。
まぁ、これだけの数だと多すぎてかえって実感が湧かないかもしれない。しかし、成人男性の4人に1人がHIVに感染している。家族の中にひとりもHIVに感染していない、なんてことがほとんどない、といった状況だ。
▼数字だけでは済まされない
しかし、こんな数字は日々のニュースや新聞のどこかしらで見聞きしたことはあるかもしれない。エイズ患者やエイズ孤児の哀れな姿を映したの写真なども見たことがあるかもしれない。その彼らに対し、悲しみ、哀れみ、あるいは涙したこともあるかもしれない。しかしながら、めまぐるしい日々の忙しい生活の中で、そんな感情はすぐに次の日には消し去られてしまう。
エイズ問題も国際会議のときだけはスポットを浴びるけれども、それが終わればなんてこともない。各国政府も、もっと援助が必要、とは声を上げるが、未だに大規模な援助など聞いたことがない。そして、また忘れ去られていく。これの繰り返し。
同じことが、欧米、日本で起きていたら、対応は全然違っているだろう。このエイズ戦争に勝つためには世界各国の協力が不可欠のはずである。
また、アフリカのエイズは単に医学的な問題では済まさない。それにはアフリカの政治的背景、貧困、女性の地位の低さ、出稼ぎ労働、性への閉鎖的な習慣などといった、社会構造全体の問題が複雑に絡まっているのである。すなわち、エイズの特効薬の援助だけでは解決できない問題が山積みなのである。
次回からエイズ蔓延の裏に潜むアフリカの社会構造を見ていきたいと思う。
▼彼らは私たちと同じ時間を生きている......
毎週、知り合いの誰かがこの世を去り、葬式に出席する。その家族は死亡原因は結核やマラリアだというが、まわりの誰もがそれはエイズに違いないとささやきあう。
エイズによってなくなった人が山積みになっている。病院に行ったとしても、治療法などない。入院すれば帰ってくることはない、病院になど死にに行くようなものだ、と彼らは語る。
エイズだと知られれば隣人から見下される。そして家族からさえも。最愛の子供から、そして母親からでさえも。社会全体から見放されてしまう。
親をエイズで失い、自分自身も母子感染でエイズの子供は友達からはいじめられ、社会に希望を失い、犯罪に走っていく。
そう、こんな悪夢のような生活がまさにこのアフリカでは現実として起きているのだ。このような惨劇が毎日繰り返させているのである。しかし、もっと悲惨なのは彼らが何が起こっているのかを知らないこと、あるいは知りたがらないことである。
もっと悲惨なことは、私たち先進国の人々が豊かな暮らしをしている一方で、同じ時間を過ごすアフリカの多くの人々がエイズによって今日もこうして命を失っていっていること。
そしてもっと悲惨なことは、そのアフリカのエイズの現状を私たちが無知であり、助けの手を差し伸べてあげられないこと、そして何事もないかのようにそのままの暮らしを続けていることである。
なにも、アフリカに行って救援活動に参加しろとは言わない。お金を寄付しろとか、政府にアフリカに対して援助をもっとしろと圧力をかけよう、とも(今は)言わない。ただ、少なくとも、まず知る(知ろうとする)ことからはじめようではないか。
2001/05/28
文化の壁
アフリカのエイズ戦争に打ち勝つため、国際機関、各国政府、そして数多くのNGO(非政府協力団体)が絶え間ない援助を続けている。診療所の数も増え、コンドームの無料配布も広く行われている。それにも関わらず、エイズの勢いはとどまるところを知らない。
どうやら、その原因はアフリカの文化・社会的構造にありそうだ。国際的な援助により先進国でいう医療設備はまだ十分ではないにしても徐々に整いつつある。
しかし、それだけでは、この戦いに勝てそうにない。
▼無知
性に関して私生活で話されることのない文化。エイズという性病があり、それが不治の病であることは、だいぶ知られるようになってきたらしいが、エイズに対する知識はまだまだ。
エイズに感染すると、体の免疫力が低下して、下痢、結核、肺炎、髄膜炎になり、しまいには死に至る。だから、はっきりとしたエイズという認識ができない、というのも無知のひとつの原因だ。
エイズになったのは「貧乏だから」「悪い事をしてバヂが当たった」「知り合いが呪いをかけた」「先祖の供養を怠ったから」「アパルトヘイト後の白人の新たな黒人支配のための陰謀」と、いろいろ理由がささやかれている。いまだに呪術・祈祷が日常を支配するアフリカ社会、エイズ教育への道は険しい。
▼タブー
何より一番の壁は、エイズになる事が「恥」という強い社会認識である。エイズになる事は「悪い事をしたから」、そして「不道徳」というレッテルを貼られる。近所からは怪物扱いされ、親から子供から、そして社会全体から見放される。
感染していること自体知らないし、もし知っていても誰にも告げず死んでいく。診察のカルテにもエイズと書かれるのは家族にとって恥であるため、数年前まで「エイズ」とは直接書かれず、肺炎、結核などとなっていた。今では秘密厳守という事で「エイズ」と記入する事が許されている。こういう理由で、エイズの感染者数、エイズによる死亡者はすべて推測で出されているのが現状だ。
こんな状態だから、エイズ診察のための診療所がいくら国際援助できても誰も訪れることがない。男が訪れれば遊び人と罵られ、女が訪れればふしだらと蔑まれる。コンドームの無料配布も功を奏さない。
▼女性の地位の低さ
アフリカでは男性絶対優位。妻や恋人、売春婦は男性にセックスを要求されたら拒否する事はできない。夫や恋人にコンドームを使うように頼んだら、売春婦呼ばわれされ上、気絶するまで暴力を振るわれて、通りに放り出される、なんてことも珍しくないらしい。
危ないと思ったときには、もう既に感染していたりする。だから男性は捨て鉢になり、無責任に女性にセックスを強要する。それを拒否できない以上、エイズに対しては女性のほうが傷つきやすい。
貧困は女性を売春へと走らせる。一回あたりの相場は$5。一日で$25〜30を稼ぐ事もあるという。一日で普通の人の一ヶ月以上の給料を稼ぐ事ができる。不道徳とは自覚していている。しかし、子供に服を買い、食事させ、学校へ通わせる事ができるのだ。ムベキ・現南アフリカ大統領はかつて「エイズは貧困が原因だ」と言った。
▼出稼ぎ労働
エイズ感染の多いサハラ以南のアフリカでは男性による出稼ぎ労働が多い。彼らは田舎に妻や子供を残し、街に出て鉱山や道路工事などで働く。一年に2、3度しか家に帰る事がない。そのあいだ売春婦や愛人などと無防備なセックスをし、エイズにかかる。これを田舎に帰ったときに妻にうつしてしまう。他の国ではエイズというと都市部の病気であるが、このアフリカ地域では都市も田舎も感染率がほぼ同じという特徴を持っている。
また、学校を舞台として起きるセックスも大きな問題。教師は大抵男性。普通の男性は出稼ぎで留守。残された妻は子供の学費のために教師とセックスを。また、成績をひいきしてもらおうと、女生徒がターゲットになることもある。
▼エイズ孤児
両親をエイズでなくし、しばしば自分自身も母子感染によりエイズになっている孤児は、精神的に参ったり、栄養失調に陥ることが多い。
稼ぎのない彼らは物乞いや盗みをし、社会への希望を失いストリートギャングに走る者もいる。南アフリカは世界で犯罪率が最も高い。エイズと暴力・犯罪は深く関係しているのだ。
彼らには収入がないし、教育を受けられない。少女は売春に手を出し、少年は出稼ぎ労働者として働きに出る。こうしてエイズの悪循環が繰り返されていく。
★私たちは戦いに負けてしまうのか?
エイズは大きな問題だ。しかし、彼らの生活の中では、貧困・飢餓・戦争・人種間の憎悪といったものの影にエイズは覆い隠されてしまっている。彼らの文化を変える事は難しい。しかし、それでも私たち先進国ができることは山ほどある。薬の援助や貧困を救うための経済援助。エイズに対する啓蒙活動も、文化の壁を乗り越え、地道に続けていくしかない。
南アフリカについて言えば、アパルトヘイトのとき、他の世界各国が経済制裁をしている中、日本だけが貿易関係を続け、利益を一人占めした歴史がある。日本には南アフリカのアパルトヘイトを長引かせた責任がある。アパルトヘイト中はそれでも経済援助をしていた日本だが、それが終わって民主主義を勝ち取った当時のマンデラ大統領が経済援助を頼みに日本へ訪問したときには、すずめの涙ほどしか援助をせず、彼をたいそうがっかりさせたという。
日本の開発援助は(日本だけでもないが)どうも見返りがあるところにかしないような気がする。しかし、日本が本当に平和を愛し、たとえ理想であっても武力なしで平和維持活動などに従事する事を好むのなら、こうしたところで積極的に、世界の先頭に立って援助をするべきではないか。日本人の世界的な責任という視点からして、アフリカのエイズ問題は決して他人事ではない。
2001/05/31
エイズの薬は「高値」の花
エイズに対する教育活動に貧困を救済するための経済援助。どちらもアフリカの人々をエイズから救うためには必要不可欠だが、なにせ時間がかかる。そうしているあいだにも、目の前でひとり、またひとりと、エイズの前に力果てていく。
▼エイズドラッグとパテント
今苦しんでいる人を助けたい。それにはやはり薬が必要だ。しかし、彼らにはとうていその薬を手に入れられない。価格があまりにも高すぎるのだ。薬を一回服用すればいいというのではなく、長期的な治療が必要で、アメリカでも年間百万円単位のお金がかかる。ましてやアフリカの人に払えるはずがない。
なぜそれほどに高いのか?
それは薬がパテント(特許)によって守られているからである。パテントはもともと開発者の知的所有権を守り、その分野の発展・開発の基盤を作ることにある。薬においてはパテント期間は20年。そのあいだ、無断で同じ物を作ってはいけないし、もし作るならば使用料を払わなくてはいけない。これは、途上国にとって大変な負担である。世界の90%以上のパテントは先進国によって占められているから、負担をするのはいつも貧乏な途上国。
▼非常事態宣言と海外投資
しかし、「人の命とパテントとどちらが大切なのか」という議論はもちろんある。そこでWTO(世界貿易機構)のパテントの取り決めに中には例外条項が含まれている。ある国が「非常事態」になったときはパテントをキャンセルできるというものだ。パテント所有者の了解なしに、安価にエイズドラッグを製造したり、輸入したりすることができるようになる。
とすれば、まさにアフリカの今の状況は「非常事態」のはずである。ところが、どのアフリカの国も「非常事態宣言」をしたことがない。すれば、安くエイズドラッグを手に入れることができるのに。
なぜか?
アフリカ諸国の政府は薬も欲しいが、経済発展のための「海外投資」も欲しいのだ。「非常事態宣言」をするということは、エイズに関係なくとにかく「国が大混乱」と宣伝するようなものなのだ。そんな危険なところに海外の投資家が資金を投入するだろうか。わざわざ危険性を強調して、海外投資家に逃げられては、ますます経済が破綻してしまう、というわけだ。
さらに、アフリカへエイズの薬を輸出している西欧諸国、とくにアメリカは、非常事態宣言により、パテントがキャンセルされれば、大損害を受けることになる。アフリカ内の製薬会社も多くは西欧諸国からの投資によるもので、非常事態宣言をすることは西欧諸国との貿易関係を悪化させることになり、経済援助もしてもらえなくなってしまうかもしれない。アメリカもつい最近まで「もし非常事態宣
言を出したら、経済制裁を発動する」、とアフリカに脅しをかけていた。
エイズにさいなまれるアフリカは、高価な薬を手に入れることもできず、西欧諸国からはパテント厳守のためにプレッシャーをかけられ、望みの非常事態宣言も使うこともできない。しかし、このままエイズの蔓延を野放しにしておけば、海外投資とかいう前に、経済を支える労働人口が激減し、さらなる社会的混乱を招きかねない。まさに四面楚歌である。はたして、エイズに立ち向かう彼らアフリカの人々に未来はあるのだろうか。
2001/06/03
希望の光
安くエイズの薬を手に入れたい。パテントを無効にするために非常事態宣言をするか?
しかし、今後の長期的な経済発展や海外からの投資を考えれば、それだけは避けなければならない(詳しくは前号)。アフリカの国々は今、窮地に立たされている。
しかし、彼らも黙ってはいない。エイズ戦争に勝つために日々戦っているのだ。先頭に立つのは、アパルトヘイトに打ち勝ち、「アフリカン・ルネサンス」を掲げる南アフリカ共和国。今、世界中が、この国のエイズドラッグ戦争に注目している。
▼エイズドラッグ戦争の最終兵器!?
1997年、時のマンデラ大統領は、ある国内法を承認した。この法律はパテントなしで、安価なエイズドラッグを国内で製造したり、輸入したりすることを国が許可できる、ということを定めたもの。
つまり、この法律があれば、非常事態宣言を出さずに、安価な薬を手に入れられる。まさに、エイズドラッグ戦争のリーサルウェポンであり、エイズに苦しむ南アフリカの人々の希望の光である。
▼熾烈な戦い
当然、困るのはエイズドラッグ市場を牛耳る製薬会社と、その投資元の欧米諸国である。アメリカは特に、世界のバイオテクノロジー市場を独占しているため、この法律には猛反対。南アフリカに対して経済制裁などをちらつかせ、圧力をかけた。アメリカは、南アフリカのその国内法について、知的所有権を無視し、世界の自由貿易に反するものだとし、WTOへ提訴することも辞さない、との態度を取った。
今年3月、南アフリカ国内の主要な製薬会社は、この法律は知的所有権を侵害するものであると、国を訴え、とうとう実力行使に出た。
製薬会社はこう主張する。知的所有権をないがしろにすれば、将来にもっと効果的なエイズドラッグ開発の研究が阻害されてしまう。そして、パテントがなければ、低品質の薬が出回り、かえって患者の健康を害してしまう。また、エイズ治療は薬以外にも、統合的な医療インフラが必要で、薬だけを輸入するのでは、根本的な解決にならない。
彼らの言うことにも一理はある。薬だけでは解決にはならないだろうし、医学的に薬の実際の効果のほどもわからない。しかし、エイズで苦しむ人々は、たとえ効果の薄い薬であっても、一縷の望みを託しているのである。
▼明るい兆し
風向きが変わり始めたのは、つい最近のこと。アメリカは経済制裁もしないし、WTOにも提訴しない、と宣言しドラッグ戦争に終止符を打った。今年5月には、国内の製薬会社が国への提訴を取りやめ、さやを収めた。
背後には、アフリカのエイズの状況がここ数年でとてつもなく悪化してきていることが考えられる。「人々の命より、経済利益を優先している」とアメリカは世界中から非難された。南アフリカ国内の製薬会社も同じである。
しかし、忘れてはならないのはアメリカや製薬会社と戦ってきた人々の力である。アフリカのエイズが惨たんたる状況だったから、という消極的な理由だけではない。アメリカ国内でのエイズ、人権団体などのロビー活動、世界各国の政府・国際NGOのアメリカへの圧力、そしてマンデラ、ムベキ両大統領の絶え間ない努力の結晶である。
▼世界へ広がる希望
南アフリカは、とうとうエイズドラッグ戦争に勝利した。そして、国内法でありながら、この勝利は世界のエイズ戦争に新たな風を巻き起こそうとしている。なぜなら、南アフリカでこうした法律が作れるなら、他のエイズで苦しむ途上国にも、同じことができる可能性があるからだ。みんなが安く薬を手に入れられるようになる。
途上国だけではない。アメリカにおいても、どんどん上がるエイズドラッグの価格に批判があり、エイズ感染者は安価な薬へのアクセスに希望を抱いている。アメリカでは、人種別に見ると、一般に低所得といわれる黒人が一番エイズ感染率が高い。最も薬が必要な人たちが、最も薬から遠いのだ、その価格のために。
繰り返すが、薬だけでは本当にエイズを根絶することはできない。貧困、教育、文化の壁に、男女差別。ハードルはまだまだたくさん。しかし、エイズに対する世界の波は確実に変わりつつあるように思われる。アフリカエイズ戦争はこれからが正念場だ。
◎References:
--African AIDS beyond Mbeki: Tripping into anarchy. (2000, Nov. 4)
The Lancet.
--No national emergency, South African leader says.
(2001, Mar. 15) The New York Times.
--World trade rules and
cheaper drugs. (2001, Jan. 27) The Lancet.
--South Africa and U.S.
end dispute over drugs. (1999, Sep. 18) The New York
Times.
--Patents pending: AIDS epidemic traps drug firms in a vise:
Treatment vs. profits. (2001, Mar. 2) The Wall Street Journal.
この改行は必要→
彼らは私たちと同じ時間を生きている